東京高等裁判所 平成10年(ネ)1196号 判決 1999年11月17日
控訴人被控訴人(原審原告)
甲野花子
同
甲野一郎
同
甲野月子
同
甲野雪子
右法定代理人親権者母
甲野花子
右四名訴訟代理人弁護士
腰塚和男
同
加地修
同
杉浦幸彦
同
井上治典
同訴訟復代理人弁護士
錦織秀臣
被控訴人控訴人(原審被告)
医療法人祥風会
右代表者理事長
喜多みどり
右訴訟代理人弁護士
林浩盛
同
松田孝子
主文
一 原審原告らの控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。
1 原審被告は、原審原告甲野花子に対し金八八一六万七八二〇円、同甲野一郎、同甲野月子、同甲野雪子に対しそれぞれ金二九三八万九二七三円及び右各金員に対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原審原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
二 原審被告の原審原告らに対する本件控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを三分し、その一を原審原告らの負担とし、その余を原審被告の負担とする。
四 この判決は、第一項1に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
(原審原告ら)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 原審被告は、原審原告甲野花子に対し金九二〇三万九九一〇円、同甲野一郎、同甲野月子、同甲野雪子に対し各金三〇六七万九九七〇円及び右各金員に対する平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(原審被告)
1 原判決中原審被告敗訴の部分を取り消す。
2 原審原告らの請求をいずれも棄却する。
第二当事者の主張
一 当事者の主張は、原判決六頁一〇行目の「三〇億」を「三四億九八四四万七八三四円」に、同七頁一行目の「九七八二万六〇八六円」及び同二行目の「の内金九七八〇万円」をいずれも「一億一四〇七万九八二〇円」に、同三行目の「四八九〇万円」を「五七〇三万九九一〇円」に、同三行目から四行目にかけての「原告一郎、原告月子、原告雪子はそれぞれ一六三〇万円」を「原審原告一郎、同月子はそれぞれ一九〇一万三三〇三円、同雪子は一九〇一万三三〇四円」にそれぞれ改め、同六行目を削り、同七行目の「(1)」を「(一)」に、同八頁三行目の「(2)」を「(二)」に、同行の「右(1)」を「右(一)」に、同一〇頁六行目の「(3)」を「(三)」にそれぞれ改め、同一〇行目から同一一頁二行目までを削り、同三行目の「主位的に」から、同五行目から六行目にかけての「各一六三〇万円」までを「原審原告花子は九二〇三万九九一〇円(太からの相続取得に係る出資金払戻請求権五七〇三万九九一〇円及び退職慰労金請求権の内金三五〇〇万円の合計)、同一郎、同月子、同雪子は各三〇六七万九九七〇円(いずれも太からの相続取得に係る、同一郎、同月子は出資金払戻請求権一九〇一万三三〇三円及び退職慰労金請求権の内金一一六六万六六六七円の合計、同雪子は出資金払戻請求権一九〇一万三三〇四円及び退職慰労金請求権の内金一一六六万六六六六円の合計)」に、同一二頁九行目の「請求原因3(一)(1)、同(2)<1>」を「請求原因3(一)、(二)<1>」に、同一三頁一行目の「3(一)(2)<2>」を「3(二)<2>」にそれぞれ改め、同六行目を削り、当審における当事者双方の主張の補足として次の二及び三を加えるほかは、原判決「事実」欄中「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 退職慰労金支払請求について
(原審原告らの主張)
1 原審被告は、協栄生命保険株式会社(以下「協栄生命」という。)との間で、被保険者を原審被告の常務理事兼事務長である甲野太(以下「太」という。)とする生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結するに当たり、協栄生命の指示に従い、太をして「生命保険契約付保に関する規定」と題する書面(<証拠略>)に署名押印させた。同書面には、「<1>当社(店)は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員(職員)に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、従業員(職員)を被保険者とし、当社(店)を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。<2>この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払いに充当するものとする。」との記載があり、原審被告と太は右書面の内容を確認し、太は原審被告の要請に応じて署名押印したのであるから、原審被告と太との間で、原審被告が太(又はその遺族)に対し本件保険契約に基づいて支払われる保険金の全部を太の退職慰労金又は弔慰金として支払う旨の合意が成立した。
また、原審被告と協栄生命との間で締結された本件保険契約は、太を受益者とする第三者のためにする契約であり、太は右の「生命保険契約付保に関する規定」と題する書面に署名押印することにより受益の意思表示をしたとみることができるから、原審被告は、本件保険契約に基づいて支払われる保険金の全部を退職慰労金として太(又はその遺族)に支払う義務がある。
なお、原審被告が協栄生命と締結した本件保険契約の具体的内容は、別紙<略>保険契約目録記載のとおりであり、そのうちの勤労保険契約二口は、昭和五四年七月三日に勤労団体保険契約を締結してしばらく経ってから締結された同種の保険契約を更新したものである。
2 株式会社においては、取締役の報酬の額の決定を取締役会に委ねると、いわゆる「お手盛り」の弊害があることから、その決定は定款の定め又は株主総会の決議によるものとされている(商法二六九条)が、医療法人は非営利法人であり、病院、診療所又は老人保健施設の開設のほかには、医療法四二条に定められた業務以外の付帯業務を行うことができないものとされており、かつ、その設立について都道府県知事の認可を要するほか、運営、業務、会計の状況等につき都道府県知事の監督を受けることから(医療法六三条、六四条)、理事に対する報酬の額若しくは退職金の支給決定については、定款の定め又は社員総会の決議を必要とせず、理事会の決定があれば足りるものと解される。
しかして、本件保険契約締結当時の原審被告の理事長は矢部善一郎(以下「矢部」という。)、常務理事は太及び高橋進(以下「高橋」という。)、理事は岩垂広子であり、矢部、太、高橋の三名は本件生命保険契約を締結することを承諾しており、右三名が決定した事項について岩垂が異議を唱えることはなかったから、太に対する退職慰労金の支給については、原審被告の理事会の決定があったというべきである。
3 原審被告は、太が原審被告の常務理事兼事務長として在職中に死亡したことを保険事故として、協栄生命から、別紙保険契約目録記載のとおり、七四二六万五九〇〇円の死亡保険金と二〇万円の入院給付金を受領した。
(原審被告の主張)
矢部は原審被告が法人化される前の個人病院の所有者、太はその実質上の経営の責任者、高橋は院長として医療の責任者であったが、原審被告は法人化の当初からその財政的基盤が堅固ではなく、むしろ脆弱であったことから、右三名は、自分たちが死亡したときでも原審被告が医療法人として存続することができるようにするため、死亡保険金を原審被告に取得させようとの合意をし、この合意に基づいて協栄生命との間で、右三名を被保険者とする生命保険契約を締結したものである。「生命保険契約付保に関する規定」は、従業員が被保険者となる場合に妥当するにすぎず、太は原審被告の常務理事という地位にあり、従業員ではなかったから、この規定は関係がない。
三 出資金払戻請求について
(原審被告の主張)
1 仮に太が原審被告の設立に際し三〇万円を出資したとしても、太は、平成二、三年ころ自己の出資持分三〇万円のうち一〇万円を松山忠夫(以下「松山」という。)に譲渡したので、太の死亡時の原審被告に対する出資持分は二〇万円である。なお、原審被告の理事長矢部は、平成四年春ころ、松山から同人の出資持分一〇万円を譲り受けた。
2 原審被告と株式会社光徳(以下「光徳」という。)及び日建ハウス工業株式会社(以下「日建ハウス」という。)は、昭和六二年一二月二九日に原審被告の経営する病院(浦和保養院)の移転事業に関する合意をし、覚書を作成したが、同覚書には、右移転事業から脱落した者は他の二者に対しそれぞれ一〇億円の損害賠償金を支払わなければならないとの条項があるところ、原審被告は、平成四年四月二日に右移転事業を中止するとの決定をし、光徳及び日建ハウスに対し同年六月一九日に到達した書面によりその旨の通知をしたから、右二者に対しそれぞれ一〇億円の損害賠償債務を負担することとなった。原審被告の光徳及び日建ハウスに対する右損害賠償債務は、平成五年一一月二二日の即決和解(浦和簡易裁判所平成五年(イ)第三三号。以下「本件即決和解」という。)により負担したものではなく、既に平成四年六月一九日の時点で発生していた事実を本件即決和解で確認したにすぎないから、太の退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって当然考慮すべきである。
鑑定人横瀬元治は浦和市白幡五丁目一五一八番一ほか一四筆の土地の借地権を原審被告の純資産として計上しているが、原審被告と光徳は、昭和六三年三月一二日、右各土地の賃貸借契約を合意解除し、右賃借権は消滅しているから、右借地権の価額一三億四〇三〇万円は、太の退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって考慮すべきではない。
また、原審被告は、右同日、光徳との間で、右各土地の上にある建物を解体して平成元年二月末日までに更地にして明け渡すこと、及び右期日までに明渡ができないときは同年三月一日から明渡済みまで明渡補償料相当額(一三億一一九一万二〇〇〇円)に対する年二〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の合意をしたが、明渡ができなかったため、同日から平成四年九月末日までの遅延損害金九億四一七〇万円(ママ)一一九一円の支払義務を負担している。したがって、原審被告の平成五年六月八日時点の純資産額の評価に当たっては、右遅延損害金の支払義務を考慮に入れるべきである。
(原審原告らの主張)
1 原審被告主張のように、太が自己の出資持分三〇万円のうち一〇万円を松山に譲渡したことはない。原審被告は、原審において、太の出資持分三〇万円を否認したが、松山への持分譲渡の事実を主張したことがなかったことからしても、右主張は失当である。
2 原審被告は、光徳及び日建ハウスとの間の本件即決和解において、光徳及び日建ハウスに対する違約金支払義務を確認しているが、本件即決和解では、一定の条件の下に右義務を免除することも定められており、原審被告が確定的に光徳及び日建ハウスに対し違約金支払義務を負ったものではないから、太の退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって、原審被告の光徳及び日建ハウスに対する各一〇億円の損害賠償債務を考慮すべきではない。
また、鑑定人横瀬元治が原審被告の純資産として計上している借地権は、その評価額(一三億四〇三〇万円)からみても、実際の使用形態からみても、原審被告にとって非常に重要な財産であり、右借地権を消滅させる合意解除をすることは、原審被告の定款二四条八号にいう「その他重要な事項」に該当し、社員総会の議決を経なければならないところ、社員総会の議決を経た旨の主張も、これを裏付ける証拠もないから、右合意解除は無効というべきである。
その後、原審被告は、光徳に対し、地代相当額を払っているだけで、これを超えて遅延損害金を支払っておらず、合意解除に従った処理はされていない。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所の認定判断は、原判決一九頁一行目の「2(1)」を「2(二)」に、同二行目の「同(2)」を「同(三)」に、同二〇頁四行目から五行目にかけての「原告ら主張の三〇億円を上回るもの」を「同金額である」に、同八行目から九行目にかけての「少なくとも原告ら主張の九七八二万六〇八六円」を、「一億一四〇七万九八二〇円」にそれぞれ改め、同九行目から一〇行目にかけての「の内金九七八〇万円」を削り、同一〇行目の「四八九〇万円」を「五七〇三万九九一〇円」に、同一一行目の「一六三〇万円」を「一九〇一万三三〇三円(円未満切捨て)」に、同二一頁三行目の「同(一)(主位的的(ママ)請求)」を「同(一)、(二)<1>」に、同六行目から七行目にかけての「平成五年六月五日」を「平成五年六月八日」に、同七行目から八行目にかけての「同(一)(1)及び、同(一)(2)<1>」を「同(一)及び同(二)<1>」に、同二三頁一〇行目の「請求原因3(一)(1)及び同(一)(2)<1>」を、「請求原因3(一)及び(二)<1>」にそれぞれ改め、同二四頁一行目から同二五頁八行目までを削り、次の二及び三の判断を加えるほかは、原判決「理由」欄一ないし三に記載のとおりであるから、これを引用する。
二 退職慰労金請求について
1 原審被告が協栄生命との間で原審被告の常務理事である太を被保険者とする本件保険契約を締結したことは、当事者間に争いがなく、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 原審被告は、昭和五四年七月三日、協栄生命との間で、被保険者を理事長の矢部、常務理事の太及び高橋を始めとして職員の医師、看護婦らを含む全役職員六三名、各被保険者について保険金をいずれも三〇〇万円、災害保障特約付き、保険金の受取人を原審被告とする勤労団体保険契約を締結した。
その後しばらくして、原審被告は、右勤労団体保険とは別に、被保険者を矢部、太、高橋の三名、各被保険者について死亡保険金をいずれも五〇〇〇万円、保険金の受取人を原審被告とする勤労保険契約を締結した。当時の協栄生命の保険では、一つの保険契約につき入院給付金は一日五〇〇〇円が限度であったことから、入院給付金を一日一万円とするため、右勤労保険契約は二口に分けられた。
(二) 平成元年六月二八日と同年七月二日に右二口の勤労保険契約(以下「本件勤労保険契約」という。)が更新され、その際、矢部及び太については死亡保険金が六〇〇〇万円に増額された。右更新に当たり、原審被告と太ら三名は、協栄生命の指示に従い、「生命保険契約付保に関する規定」と題する同年六月二二日付けの書面に次の三つの条項を記載のあることを確認した上、原審被告が右書面の事業主欄に記名押印し、太ら三名が右書面の被保険者欄にそれぞれ署名押印して、協栄生命に同書面を提出した。
「1 当社(店)は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員(職員)に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、従業員(職員)を被保険者とし、当社(店)を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。
2 この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払いに充当するものとする。
3 この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して当社(店)は、被保険者となる者の同意を確認する。」
なお、前記勤労団体保険についても、その後保険金額が増額され、矢部、太、高橋についてはいずれも六〇〇万円となった。
2 ところで、他人の死亡を保険事故として保険金を支払う、いわゆる他人の生命の保険契約は、保険制度が賭博又は投機の対象として濫用されたり、故意に被保険者の生命に危害を加えるなどの危険を誘発することを防止するため、被保険者の同意が契約の効力発生の要件とされている(商法六七四条一項)。太らは、本件勤労保険契約の更新に際し、前記1(二)の3の条項の記載がある「生命保険契約付保に関する規定」と題する書面に署名押印したのであるから、他人の生命の保険契約である本件勤労保険契約について、被保険者の同意があったことが明らかであるが、同書面には、右同意条項に加えて、前記1(二)の1及び2の条項、すなわち、この生命保険契約は被保険者たる従業員(職員)が死亡したことにより退職金又は弔慰金が支払われる場合に備えて締結されるものであり、同契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は退職金又は弔慰金の支払に充当するものである旨の条項が記載されており、原審被告と太らは、右条項の記載があることを確認した上、同書面に記名押印ないし署名押印したのであるから、原審被告は、太らが死亡したことにより太らに対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、太らを被保険者とし、原審被告を保険金受取人とする本件勤労保険契約を締結したものであり、原審被告と太らとの間では、太らが死亡した場合、原審被告が太らの遺族に対し本件勤労保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分を退職金又は弔慰金として支払う旨の合意が成立したものと認めるのか相当である。
しかし、前記勤労団体保険については、同契約が原審被告の全役職員を被保険者とし、その保険金が当初は一律三〇〇万円(太については後に六〇〇万円に増額)であること、本件勤労保険契約と異なり「生命保険契約付保に関する規定」の差入れがないことなどを総合すると、右勤労団体保険契約についても、原審被告と太との間で、太が死亡した場合、原審被告が太の遺族に対し同契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分を退職金又は弔慰金として支払う旨の合意が成立したとは認めることができないものというべきである。
3 ところで、原審被告は、矢部、太、高橋の三名を被保険者とする本件勤労保険契約を締結した動機について、当審においては、前記のとおり、法人化の当初からその財政的基盤が堅固ではなく、むしろ脆弱であったことから、矢部、太、高橋の三名が、自分たちが死亡したときでも原審被告が医療法人として存続することができるようにするため、死亡保険金を原審被告に取得させようとの合意をしたものであると主張し(平成一〇年九月一四日付け準備書面)これに沿う証拠として、(証拠略)を提出している。しかし、この点についての原審における主張は、太ら病院役員の死亡による原審被告の諸経費の負担増大を賄うために右保険に加入したものであり、保険金を対象役員の死亡退職金の支払に充てることを予定したものではないというにあったのであり、当審において提出された別の準備書面(平成一一年六月二一日付け準備書面)でも同旨の主張がなされている。このように、本件勤労保険契約を締結した動機に関する原審被告の主張は二転三転しており、そのこと自体不自然であるというべきであるし、太ら役員の死亡によって原審被告に生じる「諸経費」の負担増大を、昭和六二年頃から開始された原審被告の病院移転事業が平成元年六、七月頃以降遅延するようになったために生じることが予想された光徳に対する高額の損害金支払義務の負担の観点から説明しようとする原審被告の主張(平成一一年六月二一日付け準備書面)も、本件勤労保険契約の締結時期が昭和五四年七月頃であったことに照らして、到底信用することができない。
したがって、原審被告の主張は採用することができない。
4 本件勤労保険契約に基づいて支払われる保険金をもって太の死亡退職金を支払う旨の前記合意につき原審被告の社員総会の決議があったことを認めるに足りる証拠はないが、医療法人の理事に対する報酬の額若しくは退職金の支給決定については、原審原告らの主張のとおり、定款の定め又は社員総会の決議を必要とせず、理事会の決定があれば足りるものと解するのが相当である。
しかして、本件勤労保険契約締結当時の原審被告の理事長の矢部、常務理事の太及び高橋の三名は、前記「生命保険契約付保に関する規定」に署名押印していることからも、右合意に同意していることは明らかであり、(証拠略)(原審被告の定款)によると、原審被告の理事は三名以上四名以内とし、うち一名を理事長、二名を常務理事とするものとされていることが認められるから、理事長の矢部、常務理事の太及び高橋の三名が前記合意に同意していた以上、右合意については、原審被告の理事会の承認があったものと認めるのが相当である。
5 証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると、原審被告は、太が原審被告の常務理事として在職中に死亡したことを保険事故として、協栄生命から、別紙保険契約目録記載のとおり、本件勤労保険契約に基づく死亡保険金六八二六万五九〇〇円を受領したこと、原審被告が合計一五〇万二五二〇円の年払保険料を支払っていたことが認められ、右年払保険料は平成元年から平成四年まで四回支払われたものと推認されるから、右死亡保険金の額から年払保険料の総額六〇一万〇〇八〇円を控除すると、六二二五万五八二〇円となり、これが太の死亡退職金として支払われるべき金額と認めるのが相当である。
そうすると、原審原告花子は右金額の二分の一に相当する三一一二万七九一〇円を、その余の原審原告らはそれぞれ六分の一に相当する一〇三七万五九七〇円を取得することになる。
三 出資金払戻請求について
1 原審被告は、太が原審被告の設立に際し三〇万円を出資したとしても、太は、平成二、三年ころ、自己の出資持分三〇万円のうち一〇万円を松山に譲渡したので、太死亡時の原審被告に対する出資持分は二〇万円である旨主張する。
しかしながら、原審被告は、従来、太の出資持分が三〇万円であることを否認していたが、松山への譲渡については全く主張したことがなかったこと、原審被告の定款(<証拠略>)によると、原審被告の社員になるには社員総会の承認を得なければならないと定められているが、原審被告の社員総会において松山を原審被告の社員とする旨の承認がなされたことを認めるに足りる証拠がないこと、太が死亡時に所持していた出資証券(<証拠略>)の額面は三〇万円であり、それ以外の出資証券は所持していなかったこと、矢部が平成五年ころ太に退社を迫り、持分の譲渡を提案した際に作成しようとしていた「出資金持分移動承認及び社員承認申請書」(<証拠略>)にも、「出資金額面三〇万円の譲渡を受けた」旨の記載があることを総合すると、原審被告の主張するような出資持分譲渡の事実を認めることは到底できない。
2 次に、原審被告は、太の退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって、光徳及び日建ハウスに対する各一〇億円の損害賠償債務を考慮すべきであると主張し、証拠(<証拠略>)によると、原審被告と光徳及び日建ハウスは、昭和六二年一二月二九日、原審被告の経営する病院の移転事業に関する合意をし、覚書を作成したが、右覚書には、右三者のいずれかが移転用地取得及び移転完了以前に病院の移転行為から脱落したときは、他の二者に対しそれぞれ一〇億円の損害金を支払わなければならないとの条項があること、ところが、その後いわゆるバブル経済の崩壊による急激な地価の下落等により病院移転が困難となったことから、原審被告は、平成四年四月二日に開催された社員総会で右移転事業を中止するとの決議をし、光徳及び日建ハウスに対し同年六月一九日に到達した書面によりその旨の通知をしたことが認められる。
しかしながら、証拠(<証拠略>)によると、原審被告が光徳及び日建ハウスに右通知を発する前の同年五月一四日に開催された原審被告の理事会において、矢部理事長の提案に基づき、右二社が所有する土地と原審被告の病院敷地内の土地とを等価交換するが、五年ないし七年間は現状のまま原審被告が使用し、原審被告が勝手に全面的移転中止を決定したとの非難を避けるべく、その期限までは既に日建ハウスに売却した土地の代金を受領せず、交換する土地上の病棟を期限までに責任をもって解体し、患者の転院を行った上で、土地売買代金の残額を受領するのと同時に、交換した土地を更地で日建ハウス、光徳に引き渡すとの方針が決定されたこと、原審被告と右二社とは、同年一二月一〇日、原審被告の右理事会の承認、決定に沿う土地交換契約を締結し、平成五年五月一八日、浦和簡易裁判所において即決和解(平成五年(イ)第五号)をしたこと、右即決和解では、原審被告の光徳及び日建ハウスに対する各違約金一〇億円の支払義務が確認されているが(第二項)、他方、原審被告が土地の交換に伴う所有権移転登記及び引渡等の履行期日として定められた平成一一年一二月一〇日までに右二社に対し交換した土地の所有権移転登記及び引渡等を完了したときは光徳及び日建ハウスは、右違約金の支払義務を免除することが定められていることが認められる。
そうすると、原審被告としては、光徳及び日建ハウスとの間で締結された土地交換契約を誠実に履行することに努め、右二社としても、原審被告が右即決和解で定められた期日までに土地交換に伴う所有権移転登記及び引渡等の義務を履行することを期待し、その履行がなされたときは各一〇億円の違約金支払義務を免除することを約しているのであるから、このような事実関係に照らすと、原審被告が光徳及び日建ハウスに対して負担している違約金支払義務はいまだ確定的なものではないと評価することができるから、太の退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって、これを考慮する必要はないというべきである。
3 また、原審被告は、鑑定人横瀬元治が原審被告の純資産として計上した浦和市白幡五丁目一五一八番一ほか一四筆の土地の借地権については、昭和六三年三月一二日、賃貸人である光徳との間で賃貸借契約が合意解除され、賃借権は消滅しているから、右借地権の価額一三億四〇三〇万円は、太退職時の原審被告の純資産額を評価するに当たって考慮すべきではないと主張する。さらに、原審被告は、右同日、光徳との間で、右各土地の上にある建物を解体して平成元年二月末日までに更地にして明け渡すこと、及び右期日までに明渡ができないときは同年三月一日から明渡済みまで明渡補償料相当額(一三億一一九一万二〇〇〇円)に対する年二〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨の合意をしたが、明渡しができなかったため、同日から平成四年九月末日までの遅延損害金九億四一七〇万円(ママ)一一九一円の支払義務を負担しているから、前記純資産額の評価に当たり、右遅延損害金支払義務を考慮に入れるべきであると主張する。
しかしながら、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によると、右借地上には原審被告経営の病院の本館の一部及び重要施設(ボイラー室等)が存在することが認められるから、その使用形態からみても、その価格(一三億四〇三〇万円)からみても、原審被告にとって重要な財産に当たると認められる。そうすると、右土地の賃貸借契約を合意解除して借地権を消滅させることは、原審被告の定款二四条八号にいう「その他重要な事項」に該当し、社員総会の議決を経なければならないというべきであるところ、原審被告の社員総会の議決があったことを認めるに足りる証拠はないから、右合意解除は無効とするほかない。
証拠(<証拠略>)によると、原審被告の第二六期(平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで)の確定決算報告書及び第二九期(平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで)の決算報告書には、いずれも資産として「借地権二一九九万〇八八〇円」が計上されていることが認められるのであって、原審被告自身、右借地権が依然として存続していることを前提として決算処理を行っていたことが明らかである。
そうすると、右借地権は依然として存続しているものというべきであり、賃貸借の合意解除に伴い原審被告に土地の明渡義務が発生したことを前提とする遅延損害金支払義務を発生していないものというほかない。
したがって、太の退職時における原審被告の純資産額の評価に当たっては、右借地権の価額一三億四〇三〇万円を考慮すべきであるが、原審被告の主張する遅延損害金支払義務を考慮に入れるのは相当でないというべきである。
第四結論
以上の次第であるから、原審被告に対し、原審原告花子は、太からの相続取得に係る出資金払戻請求権五七〇三万九九一〇円と退職慰労金三一一二万七九一〇円の合計八八一六万七八二〇円、その余の原審原告らは、それぞれ、太から相続取得に係る出資金払戻請求権一九〇一万三三〇三円と退職慰労金一〇三七万五九七〇円の合計二九三八万九二七三円の支払請求権を有するものというべきである。
したがって、原審原告らの本訴請求は、右各金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成六年四月二二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
よって、原審原告らの控訴に基づき、右と抵触する限度で原判決を変更し、原審被告の本件控訴はいずれも理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条一項を、仮執行の宣言について同法三一〇条、二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 魚住庸夫 裁判官 小野田禮宏 裁判官 貝阿彌誠)